カテゴリ:考え事整理( 293 )
[思考] 中途半端じゃないもの
中途半端なものを人に見せるのは、良くない。

人を楽しませるなら、考え尽くしたものを見せたい。
そんなの普通は中々出来ないんだけど、でも、
半端じゃないものを、見せたいなぁ。

半端じゃなく美しいものを見たい。
圧倒的で言葉を失う。
職業病的な分析が、一瞬、止まってしまう。

そんなものを僕も作りたいなぁ。
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by syatin | 2010-09-22 00:58 | 考え事整理
[思考] 最近考えてたこと
ネガーで読んでもしょうがない感じです。
自分メモ用

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by syatin | 2010-09-22 00:42 | 考え事整理
[思考] 美しいって何だろう
美しいって何だろう?

僕にとってのそれは色々なものを含んでいて、例えば花がただ咲いているだけで美しいと思うこともあれば、人間の英知の結晶を美しいと思うこともある。要は心が動くって事なのかな。良い方向に、説明が付けられない、湧きおこる様な感じで。

「美しいもの」を定義するのは、とても難しい。
美しさの到達点は人によって違うから、可視化できない。

要はイマジネーションの世界なのだ。

「世界で一番美しい人」ってどんな人?小説の中でならそれが表現できるかもしれない。でも、現実には居ない。「こうだ」と見せられた瞬間に、好みが生まれてしまう。だから、絵画の世界では抽象画が生まれたのだろう。

今僕が美について1つ言えるのは、美しさは1つじゃないって事。
その場その場で違うって事。

自分の美の到達点を、誰かに見せることが出来る日が来ると良いな、と思う。
出会ってしまうと無視できない類のもの。
僕はそれが見えにくくなったけど、未だに無視できない。


P.S.

多分、圧倒的な何かが生まれると、自分もそれを作ってみたくなる人種が居て、
それが流行り廃りに繋がるんじゃないかと思う。
単に「これが最新」って習ってるだけの人も居るかもしれないけど。
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by syatin | 2010-09-13 04:58 | 考え事整理
[思考] 自然で居られたら良い
無理をせず肩の力を抜いて、自然で居られたら良い。
そのほうが美しい。

力を抜いていても、良い行いを出来ていなければならない。
そうなって初めて、「身についた」と言うのであろう。

身につくまでは中々どうして、頑張らなければならない。
でも、眉間に皺を寄せてばかりでは、美しくないから
やっぱりどこかで力を抜いていられたら良い。
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by syatin | 2010-09-05 12:05 | 考え事整理
[思考] 最近考えてた事
後で思い出せるようにメモ。


技術はやれば身につく。既に獲得したものの維持は簡単。
感覚は身につかない。獲得しても消え得る。
感覚を研ぎ澄ますんだ。


■ 感覚と思考について
物事を考えるとき、その方向性がある。論理だけならば、切り口によって正解は変わる。どの方向に思考を巡らせるかが大切。
また、深く考えて行く事は大切だけど、感覚に留める事も大切。深く考え始めて、知らぬ間に感覚が霧散してしまう事は、往々にしてある。

広がる感覚や、他人を受け入れる感覚。思考するとき、それを保てているか。一度通った道を、暗黙に正しいと捉えてないか。例えばそれは勇気よりも保身の道ではないか?
人が人である時、そこには愛があるのではないか。そしてそれを自分は出来ているのか。日々のやり取りで相手を思いやれているか。ただのルーチンワークになっていないか?

本当に素晴らしい人が、素晴らしいコミュニケーションを成功させている瞬間。そういうコミュニケーションを蓄積させて、オーラを漂わせている人。その時、その人は何を考えている?その場の人に何をしようとしている?

愛と勇気とは、良く言ったものだ。決して馬鹿でお子様な言葉なんかじゃない。人生を掛けてトライすべき、偉大なものだ。
どこかで考えて居りゃあ良いってものじゃない。大切なのは、感覚をキープし実際にやる事。キープし続けて、オーラとして身に纏えるレベルになる事。

何故だろうか、死に直面した経験がある人は、オーラに到達してる人が多い気がするよ。


■ 思考する対象そのものについて。
空想だけじゃなくて周囲の事も考えていなければならない。過去を賛美する為だけの思考なんて要らない。その匂いを嗅ぎつけたら、別の話題に変えるんだ。今、周囲に起きている事を観察し、洞察し、自分なりの結論を作り続けるんだ。


■ 自分がやりたい事について
僕は自分の理想をこの世に実現したい。それが時々見えるのに、言葉に出来ない。ビジョンになっていなくて、感覚に近い。

「あの場」を実現したい。漂う空気を世界に広めたい。

僕は僕の為に、それをやりたい。「他人の為」だなんて微塵も思ってない方が良い。それをやろうとするのは、常に自分だ。
自分が凡人かどうかは関係ないし、多分、そんなもの考えるに値しない。ただそれを追い続けたい。


■ 作りたい環境
どういう環境を作れば良いんだろう?と考えた時、条件だけじゃなくて、そこに愛があることが大事なんだろうと思った。
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by syatin | 2010-08-26 03:53 | 考え事整理
[思考] 記憶力が落ちたことと、回復したこと
今年頭に記憶力が「著しく」低下した。そもそもの原因については、ここには書かない。

初期の頃は、断続的にチャイムが鳴っている音が聞こえた。音の発生源である筈の場所に行くと、ピタッと音が止む。幻聴だ。「おー、この圧倒的に不思議な体験は面白い!」と思った。この程度なら実害は無かった。

でも、ある時、自分がやった仕事を極端に覚えていられない事に気付いた。

これは不味かった。「何をやったの?」「何でやったの?」「これは何?」系の質問は、全く答えられない。だってサッパリ覚えていないんだもの。確認漏れや、作業が巻き戻る事態が発生し、周囲に迷惑を掛けてしまった。業務はすでに最終段階で、終了までの期間や必要な知識量を考えると、誰かにバトンタッチするのは無理だった。

僕は、仕事のやり方を工夫して対処した。つまり、自分の記憶力は当てにせず、全てメモを取る事にした。本当に思い出せないのだから、それしか無かったのだ。元々メモを取る方だったが、そのやり方に変えてからは異常な量になった。この時の自分にとって、記憶を探る行為は不安でしか無かった。

これは功を奏した。一つ一つの作業は遅くなったが、確認漏れが減り、無事に仕事を終える事ができた。(ちなみに、リリース後の障害は0件だ)

・・・僕は、そのやり方で良いと、思ってしまった。自分の記憶を当てにしない事が正しいと、刷り込んでしまった。


次のプロジェクトに入った。記憶力は落ちたままだったが、それは既に日常になっていた。そして、相変わらずメモを取り続けた。なんと、記憶力が落ちたこと自体を忘れてしまっていたのだ。

新しい環境で、職場ルールが変わり、使うプログラミング言語が変わった。覚えねばならない事が沢山あった。「記憶は当てに出来ない」ので、当然の様にメモを取っていた。メモは追いつかず、更に時間を掛けてメモを取った。頭では覚えていないから、自信はどんどん無くなった。

ある日、上司に突っ込まれた。
「仕事のやり方がおかしくない?なんでそんなにメモとってるの?」

すぐに分からなかった。思い出せなかったのだ。
5分ほど考えて、はっと気付いた。
「そうだ、数ヶ月前に記憶が落ちて、それから治ってない。メモの取り方もその時のままだ」

本当に衝撃だった。暫く立ち直れなかった。
自分の能力が明らかに減少するのは、悔しいものだ。

そこでまた考えた。
記憶を当てにするのは不安だが、再び「当たり前のように」思い出せるようにならねばならない。記憶を意識的に当てにしよう、ノート術からは遠ざかるけど、まずは記憶をしようと、方向性を変えた。

その方向転換から、2ヶ月が経った。メモを取るのをなるべく控えるようにした。少なくともキーワードは頭で記憶するようにした。何より、「自分の記憶は当てに出来ない」という思い込みに、NOと言うようにした。
「僕は覚えられる。不安がる事はないのだ」

今日、4ヶ月前の仕事を見返す機会があった。まさに記憶力が低下していた頃だ。当時の仕事を「思い出し」ながら、当時僕が作ったリストに漏れを発見した。ああ当時は本当に、僅かに前の事すら覚えて居られていなかったのだな・・・。

そして、多分今はもう、殆ど大丈夫なのだな。

正直言うと、まだ少し不安だ。他人が当然のように自分の作業を記憶していて、嫉妬心を感じる事がある。でも、明らかに問題になる程ではない。そして、このまま行けば、何時か本当に回復するだろう。



自信とは、自分を信頼することだ。
自分を頼らねば、自信は無くなる。不安になる。
今を自信を持って生きたいならば、自分を好きで居たいならば、自分を信じる事だ。

不安を避けるようにして、「あれだったら出来るのに・・・」と思うのは、自信とは違う。少なくとも歪んでいる。
不安のない自信は、もっと素直だ。「今、僕はそれを出来る」と自然に思える事だ。
目の前の事を出来ることだ。

これから再び自信を無くすことはあると思う。誰にでもあるだろう。
そういう時は、目の前の事をまず出来る様になること。
出来ないという思い込みと戦うこと。
自分を信頼し、素直に気負わず、自然体で目の前の事を話せるようになること。


何時か、再び自信を無くした時の為に、書き記す。
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by syatin | 2010-07-30 02:23 | 考え事整理
誇示の為の自慢
最近…と言っても、もうここ5年くらいになるだろか。自分の行動の中で、これは嫌だなと思うことがある。それは、誇示の為の自慢をしてしまう事。その行為が完了するまでは気持ちよくて、その後すぐに気持ち悪くなる。

自分の根幹に自信が無くなってきてから、そうする様になってしまった。根幹って言うのは、表面で何かを出来ることじゃない。技術の有る無しじゃない。内側がどれだけ満たされているかって事。

「不快な行動を取るのは、自分に自信が無いからだ」って、世界中のあらゆる場所で言われてる。僕自身、15年も前にそれはその通りだと思った。そして心底では漲る自信があったから、関係ないと思ってた。よもや自分が悩むとは。

自分に自信があった時、「俺が特殊だ」というアピールをせずとも、周囲から何処と無く認めて貰っていた。今思うと有り難い事だ。僕自身、特殊である事はどうでも良かったし、また、他人が特殊だという事を受け入れる準備があった。

生きていると、同じように自慢されたり、「俺は特殊だ」アピールされたりする事がある。満たされていない僕は「すごいね」と言いつつ、心の中で大人気ない反応をしてしまったりする。でもそういう時、相手も何処か満たされていないのだ。自分が自分を認めたい衝動が抑えきれず、その様にしてしまうのだ。

そういう心の内を知っていると、優しくなれる気がするんだ。


今満たされていない人は、これから満たされていくだろう。
自分がしたい社会貢献って、そういう事なのかなぁと思う。
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by syatin | 2010-07-10 13:33 | 考え事整理
[思考] 助け合う事
本当に苦しい時ほどこそ、中途半端な助けは信頼関係を崩してしまう。
だから、人を助けようと思ったなら、全力でやりたい。
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by syatin | 2010-07-08 01:29 | 考え事整理
[思考] 地に足が付いてると落ち着かない
地に足が付いてると落ち着かない。
遥か高い場所を見ていたい。
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by syatin | 2010-06-18 02:12 | 考え事整理
[思考] 歳を取る事
2009年が過ぎて、2010年になった。
寒暖の激しい日々が過ぎ、夏が来た。
気が付けば、今日一日が終わる。

毎年どの季節も好きで、特に夏は始まる時の香りを感じるとワクワクする。
一年、また一年と歳を重ねて行く。
来年の自分は、今より、1つ歳を取っているんだね。
自然に、時は流れていくんだね。

若さという可能性を、技術や知識に変えて、僕らは歳を取る。
「やってやる」から「出来る」に変わっていく。
今の僕が同じ力で何かをしたら、昔よりずっと遠くに飛ばせる。
来年の僕はきっと、もっと遠くに行ける。
それは中々、楽しい道のりだと思う。

心から笑ってるかい。
情熱はまだ熱を持っている?
何より大切な人は出来たかな。
もし既に居るなら、それは保てて居るかい?

僕達は全員避けようも無く、いずれ死ぬ。
幼馴染が死んだ時、それがハッキリと分かって、生きる意味を考えたけど
正直、それは考えても深みにハマるだけ。
心の底からやりたい事をやって、納得してりゃ良いんだと思う。
そうすれば笑顔になって、良く分からないけど周囲も安心してくれる。

生きることに納得する為に、よーく考えてしまうタイプの人も居るけど。
僕はそういう人、けっこう好き。

あとは、誰かを幸せにしてれば万々歳。
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by syatin | 2010-06-02 00:25 | 考え事整理