[思考] 言葉にすると跳ね返る
言葉は跳ね返る。

例えば「私はAをする」と他人に話した時、その瞬間、聞いている他人は「この人はAをするんだな」と思う。それと同時に自分自身も「Aをしなくては」と思いこむ。他人に伝えていると同時に、自分に跳ね返ってきている。

もっと始原的なレベルでも、言葉は跳ね返る。

例えば言葉になっていないレベルで幸せを感じていたとする。それを「私は幸せだ」と言葉にした瞬間、「私」は幸せをより強く実感する。それだけではない。「私は幸せだ」という言葉により、その瞬間だけでなく後にまで、その状態が尾を引くようになる。音に例えるならば叫んだ後のエコーだろうか。自分が言葉にした思いが自分を形作るのだ。時に強く、時に弱く。

広い意味での「自分」の中には、様々な言葉になっていないレベルのモノが数多にある。その中のどれを取捨選択し言葉にしていくのか。つまりどの様に自分の状態を作り上げていくのか、それを決めるのが「私」こと「思いの主人」であると思う。

取捨選択せずに思いつくままに言葉にしていく人も居る。それはそれで良い。でも目指す方向性があるのならば、まずは言葉以前の段階から、言語になるまでに、最初の選択をしなければならない。
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by syatin | 2006-12-26 00:26 | 考え事整理
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