[思考] 何故噂はやめられないのか? その2
何故噂はやめられないのか? その1の続き。長いです。


さて、噂のメリットを挙げたので、デメリットも挙げようと思う。デメリットは大きく分けて二点ある。一つ目は噂する側への影響。二つ目は噂される側への影響。

まず第一のデメリットとして、悪い噂を自ら求めるようになると、自尊心は他者を貶める意識の上に成り立つものとなる。一時的な優越感に依存する度合いが強くなると、安定した穏やかな心境を得るのが遠のく。それから逃れようと、また悪口を並べる事となる。悪循環なのだ。見苦しいと感じる人も一定量居るので、人間関係や評価の面で損をしてしまう。しかし、上手に噂と付き合っている人にとっては、これはそこまで問題にならないであろう。

噂する側への影響がもう一つある。噂を元に他者を判断する場合、ホットな噂に流されてしまう可能性がある。噂が多い人は、火のない所に煙立たずと言えど、噂以外の人間性に目を向けられないのだ。

さて、噂の大きなデメリットは、噂される側への影響である。噂は時として人の名誉や心を傷つける。もちろん噂される本人が嫌がらないならば問題ない。しかし本人が嫌がる場合は、深く傷つけてしまう可能性を秘めているのだ。これは例えば、あなたが撮られたくなかった写真を無断でネットにばら撒かれるのと同じような側面を持つ。酷い場合には、噂された側は人間不信やノイローゼや鬱病に追い込まれる。

そして留意すべきは、噂をただ伝達しただけでも、立派な加担者になってしまう事だ。伝達するだけの場合、特に何の悪意もない場合が多いが、実はそれこそが噂が成り立つ最も重要な要素だ。噂好きな人は、それが他人を傷つける可能性があると言う事を意識すべきである。特に一時的な楽しみを得る為に噂をしている人は、自分の快楽の為に他者を踏み台にすべきではない。

前半で考察した通り、確かに噂にはメリットがある。また、噂する事によって自尊心形成に影響があっても、自己責任の問題だ。しかし噂とは、他者を傷つける事を意識しても尚続けるほどのものであろうか。意識できていれば、噂をしようとは思わないのではないだろうか。要するに、気軽な気持ちで噂をしている人は、配慮が足りてないと私は考える。

最後に、「他者の風評や恋愛話を知らねば、実際に困ったり傷ついたりする」場合というのは、直接自分に関係がある時であろう。直接自分や相手に関係ある事を他人に尋ねたり話したりする時、それは噂ではなくて、相談や忠告と呼ばれる。相談や忠告があれば、本来噂は必要ない筈だ。勿論、その境界線は限りなく曖昧なのだが。

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長い文章を読んでくれてありがとう。

ちなみに現時点での僕は、身近な他者を精神的踏み台にする事はないものの、漠然と他者を踏み台にしていると思う。例えば詐欺の情報を集めたりする時に何となく、「僕は彼らとは違う」という事を考えているような気がする。僕はまだ成長途中だ。今後は直接の知人でない、離れた他者に対しても、心を配れるようになっていきたいと思う。


さて、この話題が一段落したところで、また一つ、恐らく普遍的であろう疑問が湧き上がって来た。私は今、試験期間中なのだが、人は何故、何かやらねばならない状況になればなる程、こういう考え事などの現実逃避的な事してしまうのであろうか。これは大きな問題である。溜まった宿題とレポートやれよって話である。
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by syatin | 2005-11-14 03:03 | 考え事整理
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