[思考] 自然に対する想い 1
僕は自然に対する敬愛の念がある。それを話す前にまず、僕のバックグラウンドを説明したい。自然の中で育った人には到底敵わないけれど、特に小中学生の頃まで、たくさんの時間を自然と触れてきた。それが僕の自然に対する原体験になっている。

僕の家は、そこそこの田舎だ。中学に入るまでテレビに殆ど触れずに育ったのだが、その分、多くの時間を、色々な遊びをして過ごした。チャンバラしたり、近くの川に行ったり、虫や石を探し歩いたり。本を読む以外は、殆どの時間を兄や友人と遊んでいた。

父は石が大好きな人間で、僕を連れて石拾いに良く出かけた。河原に行って木の化石を拾ったり、山や洞窟に行って水晶を拾ったり、農村に出かけて原始の時代に人が手を加えた石を拾ったりした。また、家の裏には会社が切り出した石(の残り)が山のようにゴロゴロしていて、僕はそこで良く遊んでいた。おかげで僕は、石を見れば、中に水晶があるかどうかが分かる。(メノウには大抵、中に結晶が入ってるんだ)

ボーイスカウトから始まって、かれこれ13年くらいキャンプをやり続けている。テントキャンプは危険が多い。ボーイスカウト時代の隊長は、規律については厳しくしてくれた。当然だけど、キャンプに行くだけじゃなくて、色々な基礎知識も教えてくれた。ロープワーク、手旗信号(もう覚えてない)、応急手当方法、ボーイスカウトとしての心得(代表は「そなえよつねに」)などだ。

ボーイスカウトでは3~5日間の短いキャンプが主だったけど、多くのキャンプに行った。世界各国のボーイスカウト2万人が集まったジャンボリーにも参加した。キャンプの度に色々なハプニングを経験した。毎回、怪我したり病気したりする隊員が出た。他にも、テントが水没しない様に豪雨の降る中必死で溝を掘ったり、強風で隊長ごとテントが飛ばされかけたり、炊事の時に火が付かなかったり、食料の供給が上手く行かなかったり、人間関係での問題が起こったり、迷子になったりした。書ききれない位多くのハプニングがあった。そして、ハプニングの度に得るものがあった。

大学では、毎年自然の綺麗な野尻キャンプに参加したり、そこでヨットをしたり、ネイチャーゲーム指導者の資格を取ったり、海でダイビングしたり、タイのワークキャンプに参加したりしてきた。あと、最初東京に来た時は、夜になっても周りが明るくて星が見えないのにビックリした。

僕は、自然がどうだとか、あまり考えないできた。何故なら、僕が感じていることは僕にとって当然のことだったからだ。でも都会に住んで一人暮らしをして、そして積極性がないと自然に関われないようになってから、何だか違和感を感じて、時折自然と人の関わりについて考えるようになった。

以上が僕のバックグラウンドだ。
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by syatin | 2005-04-27 22:30 | 考え事整理
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