猫の死
2004年1月25日の日記

朝起きて外に出たら、道端で淡い茶&白の毛色の猫が死んでいた。内臓が出ていた。
道路の真中で轢かれたらしく、地面には内臓を引きずった血の痕があった。
自力で道端まであるいて、力尽きたらしかった。情景が浮かんで心が痛む。とても悲しい。
僕は悲しみだか何だか分からない感情に支配された。
泣きたかったし、祈りたかった。そんな気分だった。

三鷹市役所の区分だったが休みなので、交番へ行ったが誰も居なかった。
そこの電話(警察署直通)を使って警察に相談したら、市役所は休日でも動けるらしいとの事。
業者が来て処理してくれることになった。

とりあえず家に戻ると、子供達が青いビニールを遺骸の下に敷いていた。
「げろぉ」とか言っていた。素直な感想だ。僕は彼らに「ありがとうございます」と言った。
彼らは猫の遺骸を前に暫く話をしていたが、やがて去った。
道行く人々が、遺骸をみては心を痛めていた。
それから暫く、業者が来るまで待った。
11時半頃に業者の方が来て、遺骸をビニール袋に居れて車で去った。

そして思い出した。


あの子は人懐っこい猫だったな。
夜中によく見かけたっけな。
僕もチーズを一欠けらあげた事があって、そしたらすごく喜んでたな。
とても悲しい。

合掌。

猫の生き死には自然なこと。ただ時が流れるだけで「良い」や「悪い」は存在しない。
猫達を見て幸せとか何とか判断するのは、人間の主観だ。

勿論、悪い環境で育った猫は性格悪くなるし、それなりの幸・不幸の感覚は存在すると思う。
人の金儲けのために生まれて、売れなかったら「廃棄」される生き方だってある。
それはやっぱり不幸だ。理不尽だ。納得できない。

話が逸れた。あの轢かれた猫は、最期とても苦しい思いをしただろう。
胸が痛む。なにを書きたいのか忘れた。
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by syatin | 2004-11-23 08:54 | 雑記
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