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I met Akihiro and Kanako to have dinner today! The guest house where I'm staying in is near by Khaosan st. This place make me feel relax.
■ 2012/1/6 ホーチミン市内観光
ホーチミン、ヒサ宅で起床。写真整理をしてから、昼過ぎに徒歩でホーチミン市内観光。 コンビニでサンドイッチ → 教会と郵便局 → 公園 → 戦争証跡博物館(closed) → ちょっとご飯 → 帰宅 夜はヒサと海鮮料理マリーナへ!海老などの魚貝を沢山食べて超満足。アサリのスープ美味しかった・・・。 バックパッカー街へ行ったら、殆どが外人さんだった。 ■ 2012/1/7 クチトンネル グッスリ寝すぎて、起きたら10時すぎだった! ヒサとモールでお土産を買いつつ、ヒサの同僚のパーティーに参加。 若い女性ばかりで、とても賑やかだった。 ちょっと疎外感を感じたけど、相手に合わせすぎず、自分の世界を保てていれば良いと思った。 それから、話すときは何よりもまず、シッカリ相手に伝えようとする事が大事だ。頭の中でグルグルしながら、自分に向けて話しているような状態では、何も伝わらない。言語は関係ない。母国語は何となく話してしまいがちだが、一つ一つをシッカリ伝えた方が良い。そう思った。 クチトンネルの工夫されていたところ ・川が増水すると、川側の入り口は塞がれる。 ・地上の入り口は偽装されていて本当に分かりづらい。 ・大きな穴を掘って、その間をトンネルで繋いだ。 ・幅50cm × 高さ50cm。アメリカ兵入ってこれない。 ・入ってきたとしても、所々に罠が仕掛けてある。 ・炊事の煙は、幾つかの部屋を経て外へ。煙は朝もやに紛れるので気付かれない。 ・通気穴は、犬対策に嫌がる匂い+米兵の匂いを付けた。 ガイドのおじさんは面白い人だった。 AK-47 を撃った。反動と衝撃すごい。 クチトンネルを通ったのが思ったよりずっと激しい運動でビックリ。 重い荷物背負って中腰で通り抜けたせいもあると思うけど。 夜は回転寿司風の鍋を食べた。 ■ 2012/1/8 ミト、メコンデルタ 陸路で2~3時間掛けてミトへ。途中の風景が綺麗だった。 現地のガイドのお姉さんは日本語OKだった。 まずは中州へ。ココナッツ教なる新興宗教があった場所だと言う。 トンデモっぷり爆笑したが、一応まじめな宗教だったようだ。最盛期は1万人もの信者が居たそうだ。 バナナの葉っぱの葉脈が綺麗だった。 次は手漕ぎボートに乗ってメコンデルタへ。ジャングルっぽくて面白い経験だった。 帰りに市場に行って果物を買って帰った。 ヒサの考え方などを聞いた。 ・インデペンデンスデイと座頭市は良いよ。 ・
2012/1/2
うおお、この辺、既に遠い彼方の記憶になりつつある。毎日が濃い。 出来事の流れは覚えていても、その場その場で感じた事を忘れてしまう。 鉄は熱いうちに叩け。日記はその日の内に書け。 朝5時に起きて、台北からハノイへ。 飛行機の中で寝る。 ハノイに着いたら Advisor Hotel へ。 ちょっと寝て、昼すぎになってからATMからお金を引き降ろしがてら観光案内所へ。 やっぱり携帯便利。PC開かなかった。 2012/1/3 Ninh Binh へ。少人数ツアー最高。 沢山の人と知り合えた。 アルゼンチンから来ていた夫婦、素敵だった。Marina さんは英語教師。夫は建築や設計の仕事をしていた。Thibaut と会う。船の上での彼の交渉を見たとき、素直に尊敬した。見習いたい。 夜は Thibaut、Hanh、Tina と一緒にハノイのオペラハウスで待ち合わせした。 その辺の路肩で夕食を食べる。美味い!!あまりの美味しくてビックリした。海老の出汁がヤバイ。 Hanh と Tina はベトナム人でホーチミン(サイゴン)出身。 彼女達は地図を見ても迷いまくっていて、最後は僕が案内した。 日本では僕は方向音痴な方だったんだがな・・・。 帰って寝た。PC開かなかった。 英語をもっと学ばねばならない。一刻も早く! 2012/1/4 朝7時に起床して Ha Long Bay(ハロン湾)へ。 中野ともひろ君と一緒になった。久しぶりの日本語! 彼はハロン湾から戻らず、現地の宿に泊まるらしい。やるね! ハロン湾はめちゃくちゃ寒くて、耐え切れずジャンパーを買った。 南下した後、再び北上すると思うので、きっとその時に役に立つだろう。 船で Kimさん達と知り合った。写真を送る予定。 Advisor Hotel の主人一家の写真を撮った。 夜は、Advisor Hotel の主人と、その友人達との会合に混ぜてもらった。心に残る時間だった。 Minhはホテルの従業員、Sinh は工場でのインド人技術者の通訳、Giang は・・・何の職業だろう。 Anyway、暖かいひと時だった。 2012/1/5 Hanh、Thibaut と一緒にハノイ市内を回った。 僕の英語は too bad なので、せめて落ち着いて、ゆっくり喋ることにした。 少しだけだが効果があり、前より伝わるようになった。 16:15 にホテルに戻り、ハノイ空港へ。 9時にホーチミン着。久しぶりにヒサと会う! ヒサ宅に到着。王侯貴族のような暮らしに驚愕する。(ベトナム事情のためっていうのもある) ベトナムは、そのままではFacebookに繋げない。 南vs北は、日本の大阪vs東京より激しい。 TODO 写真整理 ちゃんと日記書く。今までのは一旦纏める。 Kimさん、ともひろ君に写真を送る。 Thibaut、Hanh、Marina にメールする。 できればWordPressインストールしてブログ立てる。
Summary
2011/12/31 Kai Fu Hotel → 内壢(Neili)駅 → 台北 → 忠考復興(Graceさん、Patさんと合流) → レストラン春日 → 台北で終バス調査 → 中正祈念堂で食材買う → Graceさんのお宅を訪問して食事(歴史のことなどを話した) → Graceさんの教会へ。年越し礼拝中だった → 101ビルで年越しカウントダウン+花火 → Homey Hostel を訪れたがJosh不在 → 台北のバス駅まで急ぐがバス終わってた → タクシー(500台湾ドル)で Kai Fu Hotel に帰宅。 話したこと ・イスラエルについて ・Grace さんのアートについて → 刺激を受けた。旅のヒントにならないだろうか。 ・台湾の政治と歴史について その他 ・魯肉飯(Lu Rou fann) 超美味い。 ・料理教えてもらった 本当に楽しい一日だったので、ちゃんと記録しておきたい。 Kai Fu Hotel、部屋の中が寒い!!なにこれ。 2011/1/1 前日が年越しだった事もあり、夕方近くまで宿でゴロゴロ。 宿の近くのご飯屋さんで食べた。美味しい。そして英語通じないけど話しかけられた。 バスに乗ったらバス代を奢ってもらった。そして乗り過ごしたw 適当なWifiに繋いで、なつみさんに連絡。時間は間に合うらしい。良かった。 兄夫婦と合流してシーリンの夜市へ! 沢山食べて楽しかったw 宿へ戻ろうとしたら、電車を乗り過ごした。すぐにバス乗り場へ向かうものの、そちらは11時で閉まっていた。なので、前日と同じくタクシーで向かう事に。出費が痛くて凹んでいたら、隣の席のお姉さん(が持っている携帯越しのお兄さん)がめちゃめちゃ親切で、話しかけられた。 お礼のメールをしたけど、もう一通メールしなくちゃ。 2011/1/2 次の日記へ。
2011/12/28
自宅 → 成田 → 桃園国際空港 → 台北 → Homey Hostel 荷造りを済ませて空港へ。時間に余裕を持てた。 旅立つ実感はまだ無かった。 19:30頃に台北(桃園国際空港)へ到着。 バスのチケットを買って台北へ。 バスの運転手に教えられた場所で降りて、後は徒歩で歩こうとした。 実は、コンパスの表記が南北が逆になっていて、危うく間違えるところだった。 手書きの地図を見ながら道の番号を確認していたら、話しかけられた。 「助けが必要ですか?もしかして日本人?」 彼女は日本語を勉強しているとのこと。しかも、宿まで一緒に歩いてくれた!ありがたい。 グレースさんという方だった。 グレースさんに台湾の住所の仕組みを教えて貰ったり、旅について話したりした。 お礼のメールを送った。 宿のお兄さんJoshも素敵で、周辺の施設について色々と説明してくれた。台湾の人は親切だ! 2011/12/29 Homey Hostel → 次の宿予約 → 淡水(たんすい) → 新北投(しんぺいとう) → Jiantan 夜市 → Homey Hostel。 次の宿(Kai Fu Hotel)を予約した。年越しの101花火を見るために人が集まるらしく、どこのホテルも満杯だった。仕方なく桃園のホテルを選んだ。 淡水に感動。写真を100枚くらい撮った。思いつきで買ったバッグが便利で良い感じ。 夜市は10年前を思い出して懐かしかった。 夜はベトナムの宿と航空券を予約しつつ、カナダ人のmirandaと話した。 ちゃんと通じなくて、英語をなるべく早く学習せねばと強く思った。 お礼のメールを送った。 また、グレースさんから返信が来て、金曜夜~土曜なら空いてるので一緒しないかとの事だった。 2011/12/30 Homey Hostel → 電気屋 → 台北車駅 → バス移動 → 桃園 → Kai Fu Hotel Joshから、旅の経験を聞いた。 最初は右も左も分からなかったけど、何とかやれた事。 ニュージーでは料理は全部自分達でやること。(レストランが無いらしい) 次はアメリカに行くこと。 グレースさんと土曜に会う事になった。 コインランドリーで洗濯した後、荷物を抱えて宿を出た。やっぱり重たい。 自分ルール「重たい荷物でもなるべく歩くし、階段は自分の足で登る」 忠孝新生の電気屋に行った。 重たい荷物を抱えて2時間くらい歩き回ったせいで、疲れてしまった。 荷物を絶対に減らしてやる。これじゃ全部の荷物を抱えて移動する夜行電車とかで不便だ。 重量の2/3くらいカメラ関連だから減らすといっても・・・という感じだけど。 休み休み台北車駅まで移動して、桃園までのバスに乗った。 そして、タクシーへ宿へ。 夜は近くのセブンイレブンでご飯を食べたが、コンビに弁当なのに美味くて感動した。 スマホは便利だ。携帯バッテリーも。 2011/12/31 今日はグレースさんと台北を散策。もう出発しなきゃ。
コミュニケーション方法を再考したい。
心地よいコミュニケーションとは何なのか。 信頼関係はどのようにして築かれるのか。 自分から相手に近づく事と、相手を自分に近づける事。 どのような行動が相手を尊重するのか。(脊髄反射の親切行動ではなく) この辺りについて考えたい。
[思考] 読書と知性の結びつき/知的とは を書いていて気付いたけど、旅をして普段会わない人達と沢山話すことが、読書と同じような経験になるのかなと思った。読書量は減るかもしれないけど、たくさん人と話してこよう。
本を沢山読んでいる人を知的だと感じることが多い。ジャンル問わず乱読している人は特に。なぜそう感じるんだろ。知的とは何なのだろう。上手く表現できないのだけど、彼/彼女からは流れ出す物語のようなものを感じる。
知的な人は ・沢山の考え方や捉え方を知っている ・↑の追加で、刺激を受けて自分なりの考え方を形成している ・↑の追加で、自分とは違う考え方も知り、存在を認めている と思う。 沢山の考え方に触れて、考えることで、見えてくるものがあるのだろう。考え方に触れられるならば、本でなくても構わない。 本は、会話よりも伝えたいものの形が比較的ハッキリしている。また、こちらの温度に左右されない。書かれた時の温度で伝えてくる。本の筆者には日常では会えない様な人も多い。 本は、「沢山の考え方に触れた経験」をブーストしてくれるのだと思う。
仕事で、経験して良かったこと
リーダーが「やりたいけど忙しくて手が付いて居なかった」事を、本気でやってみた事 まずは仕事外の時間で本を読みまくった。「もう動き始めてますよ。準備できてますよ」という感じ。結果、その仕事は動き始めた。リーダーは相変わらず忙しかったが、実作業は全部自分がやる位の勢いで、一生懸命やった。兎に角、その人がやりたい事を実現したかった。考え方が広がったし、やって良かった。あと、リーダーと仲良くなった。 会社に入った時、研修期間に全力で勉強したこと サボらずにやったので最初は人より進みが遅かったが、教えられた分は他人に説明できるレベルで隅から隅まで理解した。他の人はすぐに追い越した。 幾つものプロジェクトに入ったが、ハードワークの影響で物事を覚えられなくなっていた時以外は、全部その様にした。スタートダッシュは超大事。 仕事を楽しんだこと セルフマインドコントロールをしつつ、「今の仕事は最高だ!」と思い込んだ。ほんとに楽しくて、バリバリやった。周りの人も期待をしてくれた。あの時に自分の周りに居てくれた上司の方々には、感謝の念しかない。頭が上がらない。 新人の内に失敗したこと 一番最初の案件は、リーダーが別プロジェクトで忙しく、ほとんど自分ひとりの仕事になった。スケジューリングが良く分からず、気付いた時には「部課長が駆けつけて会議を開く」というレベルの遅れが生じて居た。「ヤバイ事は早い内に声を上げる」の意味がよーく分かった。許してもらえる内に失敗して良かったと思う。 勉強して良いと時間に、やりたかった事を勉強したこと ある時、上司に「勉強して良いぞ」と言われた。テンションが上がった。1~2週間だけだったが、ちゃんと勉強したかった技術を基礎からやった。それは10年間毎日のように触れてきた別の技術に強く関係するものだった。その結果、次のプロジェクトでは誰よりも頼られた。そして、そのプロジェクトは僕にとって最高に刺激的な経験の一つになった。 毎日挨拶をしたこと 挨拶する人の方が、他人から見ると話し掛けやすいんじゃなかろうか。仕事上の関係で「話せる」というのは、能力とは別にとても大事なパラメータだと思う。お陰で仕事が良く来るようになった。 新人の時、とことん雑務をやった事 頼まれたものは断らず全部やった。とは言えそんなに多くないけど、7つくらいの仕事を並列でやった。その時は並列作業がほんとに苦手だったので、良い訓練になった。 雑務の中には「大事な業務ではないが、常に誰かがやらねばならない」という物もあった。マニュアルが無かったのでマニュアル化した。 新人の時、電話を2000件くらい取り次いだ事 最初は電話を取るのが本気で苦手だった。取らねばならないかと思うと心臓が縮みあがり、緊張しすぎてまともに出来なかった。特に、変な営業電話には閉口した。 電話を取るのが上手な同期に教えを仰いで、ドキドキしながら何度も取り次いだ。徐々に慣れるのと同時に、(当時マニュアルが無かったので)マニュアル化した。出来る人から見れば鼻で笑っちゃう様な事だろうけど、一番最初の頃って、藁にもすがりたい気持ちなのだ。そういう後輩の役に立っていれば良いと思う。 初めて触る技術で、急ピッチで作らねばならない仕事をした事 ある時、誰も経験者が居ない技術を使うプロジェクトに放り込まれた。始まってから2週間で2万行くらいのソースコードを書いた。おそらく、その道に精通した人から見れば変な部分が沢山あると思う。だが、「どんな技術も学べばすぐ身に付けられる」という自信が付いた。 勉強会を幾つか開いたこと 「自分がシェアしたくて仕方が無い知識・技術的に高度なこと」よりも、「下らなくても良いので、今まさに相手が知りたいこと」の方が、ウケるんだと分かった。 ある時、社内が Google Apps 化した。みんなが慣れなくて戸惑っていた時期に、便利に使うための講習会をした。題して「GMail と GoogleCalendar を如何に快適にするか ~ 設定するだけだからあんまり覚えなくて良いよ」。意欲的な人が多い環境だったのもあり、とても反応が良かった。 自分の一番得意な技術が、「全く役に立たない」環境に身を置いたこと 自分のレベルが身に染みて分かったし、真面目に取り組んで知識を付けるのは大切なんだと再確認した。 技術勉強会(ハッカソン形式)に参加して、ガッツリやった事 1つ上の様な状況に居たが、たまには一番得意な技術を伸ばしたかったので、ゴリゴリと作ってみた。発表会のライトニングトークをやった。周囲の見る目が変わった。「そういう面も持っている奴なんだ」と思ってくれたんだと思う。
人々の心の中にある、大きなもの。
静かだけど熱くて大きなもの。 お金や名誉や技術とは別の、3歳でも分かる何か。犬でも分かる何か。 それに触れていたい。 そういうものがあると誰かに伝えたい。
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